名古屋高等裁判所金沢支部 昭和25年(う)104号 判決
本件公訴事実及原判決認定の事実は「被告人は予て石塚勝次郎から金六拾五万円を借受けていたので昭和二十五年五月九日広坂警察署調室を借受け右貸借問題について石塚勝次郎と交渉を為し纒らざる儘交渉を打切つて同室を退去せんとしたので石塚勝次郎が被告人の胸倉を取り引戻さんとするや矢庭に右足にて靴履きの儘石塚勝次郎の右下腿前面を一回蹴り上げ因つて同人をして其の部分に療養十日間を要する擦過傷を負わしめたものである」と謂うのである。仍て之を原判決引用の証拠並に原審に顕れた各証拠に照し検討するに被告人は原判示警察署調室に於て石塚勝次郎より金六十五万円の返済の請求を受け両名が其の貸借につき折衝中被告人が其の交渉の纒らぬ中に同調室を出ようとしたところ石塚勝次郎が之を阻止せんとして突如被告人の胸倉を掴み引戻そうとしたゝめ被告人のネクタイが引締り首が締つた結果被告人が反動的に右石塚を蹴つたものであることが明瞭である。而して本件に於ては被告人は警察署の召喚又は出頭手続を受けて右のように警察署へ出頭したものではなく、石塚勝次郎が被告人より前示貸金の返済を受けることができなかつた為広坂警察署警察官新木政尾に之を訴え同警察官の取計いにより便宜同警察調室に於て被告人と会見し右貸金の返済を督促したものであつて、右調室に於ける両者の面談は全く其の任意に基くものである。従つて其の交渉の纒らぬ間に被告人が其の室を退去しようとしたからとて石原勝次郎に於て之を阻止し得べき何等の権限なく、況んや腕力により之を妨ぐるが如きことを許容せらるべき何等の根拠がない。斯る事情の下に於て前叙のように被告人が同調室を立去らんとした際右石塚が突然被告人の胸倉を掴み之を阻止し、其のため被告人のネクタイが締り首が締つた結果被告人が反動的に石塚を蹴つたものであり且石塚の蒙つた傷害は原判示のような程度に過ぎぬものであるのであるから本件は之を傷害罪として被告人に其の罪責を負わしめることは妥当ではない。即ち原審が本件につき刑法第二百四条を擬律処断したことは失当であつて破棄を免れない。